2017-08

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煮物二品と雑談

 毎朝のように何かしら煮物をします。そしてそれは何回も食卓に載ります。 
 時には翌朝も並ぶこともありますが、大抵は夕食で食べきります。
              
              最近の二品はこんな物です。

     茄子と土佐あまとう  遠野花切り大根

 左は茄子と土佐あまとうの煮た物。 右は遠野の花切大根と揚げの煮た物。
 どちらも薄口醤油で煮ました。遠野の花切大根は切り干し大根ですが、丸いままで切った物です。
 高島屋のお中元崩しで出ていたようで、長女が買って来ました。大変味の良い切り干しです。
 初めて煮ました。出汁はたっぷり要ります。

 今日は防災の日ですね。関東大震災が発生した日です。
 1923年(大正12年)9月1日午前11時58分32秒 子どもの頃この日時を頭の中に確りと植え付けられておリました。
 丁度昼時だったので、既に食事を済ませた人と未だ食べていなかった人とで、色々と違った事があったと言うことで、食事はお膳の前に座ったら、さっさと食べるようにと必ず言われたものです。
 
 祖父の家に「大正大震災・大火災」と言う赤い表紙の本がありました。
 それは写真集で手に取ると怖くてなりません。ですが怖いもの見たさでしょうか。度々手に取り眺めたものです。
 その焼けた東京の姿を目にしていた所為か、WW2の空襲が始まりますと、あんな風になるのではないかと恐れたものです。
 恐れていた空襲で東京は焼け野原になったのです。

 母は地震も怖かったと言いますが、その数日後の竜巻にはこの世の終わりかと、学校で皆で泣いたそうです。
 町の前に広がる太平洋の水平線に数が数えられないほどの竜巻が簾のように下がったのだそうです。
 そのことは今まで記録で目にしたことがありません。気になる現象です。

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COMMENT

震災後の洋上竜巻の話は初めて聞きました。
昨日の長崎での海上竜巻ではたくさんの被害がありましたが、
あらためて自然の驚異を感じます。

恐ろしいです

ちゅんごさん  お早うございます
ハイ 自然のことは遭遇して初めて知ると言う事がありますね。
私は数本のは見たことがありますが、水が吸い上げられて行き、途中で切れますと水が海に落ちるのです。怖いです。
ただこのことが色々な資料でも見られないのです。観察者が通報するという事を知らなかったという時代だったのかもと思うのです。
館山の津波の記録などは都会ですから結構出ていますが、田舎での記録は見られません。
町役場の昔の記録を調べればあるかもと思うのですが、私も歳を取り、調査には行けませんのが残念です。

防災の日は関東大震災の教訓なんですが
のど元過ぎればで近代あれだけの災害が有りながらこの平成の東京を見て見て教訓を生かしてるのかって思いますよ
又WW2で焼け野原になったとの都市作りが計画性も何もなかったのかとかね まあそれだけの余裕がなかっらのは理解できますがね
関東大震災後に都市作りしっかりやっていれば東京大空襲の時の被害もいくらか減ったかなとか思いますが所詮机上だけですね
戦争戦略はその上を行きますからね
そのエネルギ-と同じ物を防災に活用したら
いいのにとまた机上理論で思いますよ

良い政治?

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
本当にそうですね。
関東大震災後の東京では大きな仕事は昭和通でしょうか。
名古屋市の戦後の復興は有名ですね。
信念を持ち改革をしなければ無理でしょう。
戦争終了直後の東京は無秩序の感すらありました。皆生きることに必死でしたね。復興院なんて出来たようですが、東京ではどう機能していたのでしょう。
分からないことだらけです。

竜巻の記録

こんばんは。
大震災後の竜巻発生は、今回相子さまのお話で初めて知りました。公式記録には全くないのでしょうか?
あの規模の天変地異だと、大地も空も海も、想像を絶する現象を展開するのでしょうね。
3.11の様子も、原発事故と同じように。

見つからないのです

yokoblueplanet さん  今晩は
ハイ 今まで色々と見てきましたが分かりません。
母の話はおかしな作り話ではあり得ません。
長く気になり過ごして来ました。

母は震災の時栃木県の鹿沼市にいたそうですが、東京の焼けているのが見えたと言っていました。良く聞いておけばよかったのですが、たぶん煙が見えたのだとおもいます。
簾のような竜巻ってどんなものだったのか知りたいですね。他の震災の時には起きていないのかしら?

竜巻は恐ろしい

ofujisanさん  今晩は
鹿沼まで東京から100㌔はあるのかしら。
東京大空襲の時100㌔離れていた館山で真っ赤な火の塊のようなものが見えましたからね。
母の経験した竜巻のことは想像するだに恐ろしく感じます。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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