2017-05

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今日の一品とコレラの話

 今日は日差しは余り強くなく、晴れた空に緑が映えます。中央公園は毎日必ず見下ろします。
 緑が益々濃くなり、心地よく必ず足を止めて眺めています。

        5月29日中央公園

 昼食に何を食べようかと考え、今の季節にはこれだっと冷たいぶっかけうどんに決めました。
 讃岐細うどんを茹で、その上に具を載せた簡単な物です。

       冷やうどん

 安い豚切れを熱湯に酒を入れた鍋でしゃぶしゃぶして載せ、戻しワカメと茗荷と青シソの細切りを合わせました。
 冷や麦は余り食べませんが、そば屋ではどうして水を入れた器で出すのでしょうね。好きじゃないです。
 ですがソーメンはそば屋にはあるのでしょうか。見たことがないです。

 今日は1882年のこの日 東京でコレラが発生 死者は3万人以上にもなったそうです。
 コレラにつては赤字をクリックしてご覧ください。

 中国青島に住んでいた頃の夏 コレラが流行しました。
 市民は予防注射を受けなければなりません。予防注射は二回受けなければなりません。
 注射を受けますと証明書を呉れます。その証明書を胸に下げて出かけます。
 日本人は学校や決まったところに行き注射を受けます。
 医科大学の学生や医師が街のなかで注射をする関所を設けています。中国の人は当時余り衛生観念がなく、関所のような場所を作って注射を受けさせます。バスもそこで一旦停車、証明書のない人は下されてそこで注射を受けます。
 証明書を持っていなければ、いくら忘れたと言ってもダメです。
 わが家のアマは受けたくなくて、母が手を引っ張って家から連れ出します。すると次は街路樹に確りと掴まり、抵抗します。
 母が苦労しておりました。

 コレラ患者が出た家の周辺は消毒薬がまかれ、学校に行くときも道路は迂回しなければなりません。
 コレラは口から入って来ますから、手洗いも勿論確りしますし、野菜も果物も消毒してから食べていました。
大きな西瓜はアルコールで拭いてから切りましたね。
 学校にはアルコール綿を持って行き、お弁当を開く前、習慣的に必ず手を拭いたものです。

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COMMENT

コレラはさすがに知らいないですよ
脱水症状が激しい伝染病ですから、いかに水分を補給するかが生死の別れ目 消火器系統を休めなければだめだろうから点滴補給かな
日本でも流行った訳ですが感染力強いからね大変だったろうな
赤痢も現在は集団感染少なくなりましたね、私小学校の時に集団赤痢で保菌者で1週間隔離されましたよ、学校が病院内に移ったようなもんでした、近所の赤ちゃんはお母さんと一緒に隔離でね、それから考えますと今の日本はやはり衛生状態はいいですよ
私なんか東南アジアに行くと下痢するとまず赤痢疑いますよ、現地の人間は平気ですよ、2日すれば治ると言ってるから驚きますよ

コレラの予防注射

今は懐かしい風景ですが、当時は「またやっている」と中国人を困った人たちと思いました。関所のように通行止めにされて、白衣の人から注射されていました。白衣の人には日本兵もいました。中国に住んでいながら、中国人を困った人たちと思っていました。

この状態が収まるまでどのくらいの日数がかかったのですか?
町じゅうが消毒の匂いだったのでしょ?
ご飯もおいしくなかったでしょうね。

日本は衛生的ですね

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
戦後でコレラは問題なかったと思いますね。
大正時代に流行ったときは千葉の田舎でもコロリン病と言って大変だったそうです。
脱水症状に水分の補給は必要ですから、万一の事を思い、これを確りと覚えていることですね。

青島は衛生的でもね

いさむちゃん 今日は
あの街は水道もありましたし、当時の中国では衛生的な街でしたね。
注射嫌いな中国の人には市政府も困ったでしょうね。

夏です

ofujisan さん  今日は
コレラは夏に流行って来ます。長くはなかったですね。
消毒は特に強い臭いは感じませんでしたね。家の周囲は噴霧器で撒いたように白くなっていますし、周りを囲っています。
ご飯がまずくなるほどのことはなかったですね。
我が家毎食後クレオソート(今の正露丸)を必ず飲みましたので、この匂いが大好きです。お笑いでしょ。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

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