2017-03

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さつま芋ご飯と昔話

 先日豆ご飯を炊きましたら、他の方がさつま芋の炊き込みをなさったと仰っていました。
 下のスーパーに土佐紅と言う綺麗なさつま芋が並んでいましたので、これ、これ、これじゃと炊き込みにしました。

     サツマイモご飯1  サツマイモご飯2

 さつま芋の炊き込みの時は出汁は使わず切り昆布を一緒に入れて炊きました。
 酒を注ぎ、塩を少々入れます。
 夫は「今日は代用食ですね」と言います。
 昔々日本が統制経済の時、お米の代わりにさつま芋が配給になったものです。
 ですから「代用食」なんて言葉が出て来るのです。
 配給制は悲しい思い出でもあります。お米の配給が少なくなって来ますと、おかゆや混ぜ物一杯のご飯。さつま芋やジャガイモ。大根飯。色々と食べたものです。
 配給と言いますと無料で頂けると思う方もいるかも知れませんが、買うのですよ。
 それは物資が足りないために割当制にしてあるのです。
 特に主食のお米の配給は非農家の人間にとってはとても大きな関心事でもあったのです。

 今日は東北・北陸地方も梅雨入りと報道されましたね。
 1949年4月 明治大学和泉校舎で授業を受け始めました。校庭の西側には畑があり、そこで教職員の方がさつま芋などを植えていました。学食はありましたが、配給時代ですからお米の物を食べる時には外食券が要りました。
 さすがにさつま芋はありませんでしたが、パンなど直ぐに売り切れ、お腹を空かせているのは当たり前。それでも私はやせていなく、口の悪い男子学生から豆タンクなんて言われたものです。
 明大前駅から甲州街道に向かって歩いて行き、街道を横切りますと短い橋を渡り校門に入って行きます。
 梅雨に入りましたら橋の下を流れる玉川上水の水嵩も増えて来ました。
 前年の6月13日 この玉川上水で太宰治が入水したのです。

     玉川上水と和泉校舎  玉川上水の今

 左の写真は玉川上水が暗渠になっていなかった時代のものです。校舎も時代を感じさせますね。
 右は私が暫く前に出かけた時の写真です。校門の右の自転車が並ぶ下が玉川上水だった所です。
 あの年梅雨が多かったと言う記憶はありませんが、校門に入ろうと歩いて行きますと、橋の手前の柵に入水した人の姿があるのですね。前年の太宰の影響かも知れません。数回続きましたので良く覚えています。

 今日の朝日新聞夕刊に太宰のお嬢さんの太田治子さんが「人生の贈りもの わたしの半生」インタビューで父親への思いを話しております。

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COMMENT

おはようございます。
イサキのムニエルやひじきの煮物、バランスのよさが伺えます。

サツマイモのご飯は、私も好きです。でも、栗ご飯は苦手なんです・・・(T_T)
芋の少しの甘みと塩を入れるご飯とのバランスが好きです。
いその爺さまも作られていたので、感化されてます(^^)

代用食ですか飽食の日本ではもう死語って感じですね
私は田舎の生まれで戦後世代ですから食糧事情は落ち着いた頃なのかなS25生まれですから代用食は知らないですよ
学校給食のまずい脱脂粉乳は泣きながら飲んだな、家のヤギの乳の方が旨いと思いながらね
あの麦の入った御飯は嫌いだったな、ボソボソしてて、母に麦嫌いだってよく言ったな、体にいいんだぞとかよく言われましたよ、1週間に2回くらい麦が入っていたのかな、おやつは薄焼きが多かったです、でもなんて言うか遊ぶものもなかったがいい時代でしたって今思いますよ

有難うございます

koh さん お早うございます
ハイ いそ野爺さんから刺激されました。
土鍋ではないので、独り占めはしません。
残りは冷凍してあります。
何だか炊き込みシリーズになりそうです。

そうでしょうね

EGUTI YOUSUKE さん  お早うございます
戦後生まれの方には先ず通じない話でしょうね。
代用食なんて妹も覚えていませんね。
麦飯は良い方でしたよ。矢張り海辺の町は穀物不足でしたね。
女学校の寄宿舎のご飯は大根飯が良く出ました。お惣菜は煮物が少しと漬物が4切れ。酷いものですよ。
ですが若かったから、他の楽しみに気を向けていましたね。

学びの宝庫

相子様 こんばんは☆
昨日は久しぶりのいい雨でしたが、今日は暑くて、ちょっと動くと汗が流れました。
いつものことですが、相子様のブログは、ほんと興味深く引き込まれ、そして、勉強できます。知らないことを知れ、すごく得したうれしい気分になれます。いつもほんとにありがとうございます。

老人です

jyouganji さん  今晩は
有難うございます。歳を重ねていますので、ついつい昔話になります。
楽しんで頂けて嬉しいです。

サツマイモのご飯、ほんのり甘くておいしかったです。上品な感じがしました。米も芋も昔とは随分違っている煮でしょうね。

玉川上水は水辺に立つと周りからは何も見えなかったようですね。
死にたい人の気持ちはわかりませんが、
ひきつけられる何かがあったのでしょうね。

良かった

ofujisanさん  今日は
今はお米もお芋も美味しくなっていますからね。昔はこうはいかなかったです。

あの時は矢張り太宰現象だったのだと思います。入水した人は大体心中ですよ。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

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