2017-11

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私的明大昔話 5

 昭和24年 学制改革の6334の最後の4が始まりました。
 新制大学の最初の入学と言うことで、先生方は張り切っておりました。
 予科時代の余波が残ってるような感じの明大和泉校舎 
 学生は予科からの移行組・専門部や女子部からの移行組・それと高校からの入学組の集団でした。

       和泉校舎25年

 私は初めての女子学生として和泉校舎の校門をくぐりました。法・商・政経・文・工・農の六学部の1年生全員が和泉校舎で授業を受け始めました。
 確か学生は4000人余り、内女子は約30人 1%未満です。私のクラスは女子が一番多く、5名でした。
 授業は教養科目が多く、時間は一回が50分 これで月から金まで毎日6時間です。忙しいこと。
 先生方は熱心でしたね。
 入学後最初の授業はドイツ語の園山勇先生でした。
 教室に入って来るなり、学生の方に向き、いきなりドイツ語のローレライを歌い始めたのです。
 度肝を抜かれましたね。そして「皆さん これからドイツ語を習うのですからローレライなんて言わずローレライと言いましょう」と仰るのです。最初のローレライは平坦な言い方です。後のは上がったり下がったり抑揚のある言い方です。

 学校は整備が進んでいなかったのでしょうね。女子トイレもなく、私たちは教職員用のを利用しました。
 予科は女子がいませんでしたから、すべて男性用に出来ていたのです。
 まだ共学の高校が少なかった時代ですから、女子は珍しい存在で、お弁当を食べていますと、廊下から男子学生が覗くのです。それも他学部の学生までですから、食事もおちおちしていられません。
 体育の時間は校庭でボールの打ち合いです。決まった運動をする訳ではありません。
 とに角何もかも急ごしらえのような感じでした。

PS 入学者は正確には5514名と分かりました。

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COMMENT

これからも楽しみです

相子様 おはようございます
何から何まで大変そうですが、はじめての・・・というのは、くっきりと印象深い思い出でしょうね。時代的なこともありでしょうが、柔らかに語ってくださる相子様のブログは、ほんと勉強になります。ありがとうございます。

そうですね

jyouganji さん  お早うございます
先生にも初めて女子に教える方もいたと思います。
先生方から女子学生は優しくされましたよ。

この辺の話になると私の祖父の時代の話になるんだろうな 祖父はその前か 医専、師範の時代の話を膝の上で聞かされたもんな
いややはり親父の時代かな 親父だって大正の時代だからな 母が昭和3年生まれだったからな蚕の専門学校だって話は聞いたことが有るし よくわからんですよ

お母様に近い

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
昭和3年生まれといいますと、かなり近いですね。蚕の専門学校と言いますと、昔は上田の蚕糸専門学校が有名でしたよね。多分今は信州大学になっていませんか。

なんだか朝のドラマになりそうな話ですね。
学生たちも勉強に飢えていたじだいでしょうか。

色々ね

ofujisan さん  今日は
そうなんですよ。綺麗な女子は持てましてね。男子学生が付いて歩いているのですよ。
面白かったですね。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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