2017-03

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»
entry_header

私的明大昔話 24

 昭和24年に新しい学制が発足し、大学ではその制度に従い、教科以外のサービスにも取り組んでいました。
 ですが私が和泉校舎に行きました昭和34年、昭和35年、36年頃でも新入生には履修届のガイダンス、また大学生としてのオリエンテーションなどへの配慮は殆どなされていませんでした。
 学生の増加に職員の数は追いついていなかったのです。
 今日の新入生への至れり尽くせりと思われるようなこととは程遠いものでした。
 和泉校舎に学生課が置かれてから、この状態に即した何かをするべきだと言うことになりました。
 それには職員よりも実際の学生生活経験者の2年生になる学生にサポートして貰うのが良いのではないかとなり、学生課で募集をし、SC活動を始めました。
 SCとはstudent counselorのSとCを言うのです。
 新入生への道案内的な仕事ですね。新入生が良く理解できない単位の取り方や、大学生活へのアドバイスをすることです。
 募集した学生には教務の方や学生課の方からトレーニングを受けて貰います。
 相談室からもカウンセリングについて堀先生からも指導がありました。
 何かと困る学生に2年生が相談に当たると言う役割を担って頂きました。

    sc相談風景056  sc相談風景2057

 当時慶応には似たようなBSと言う学生活動がありましたが、明治の学生はこの経験を無駄にしないようにと、学生課からの仕事の役割が終わったあと、研究会を発足させて学生像やカウンセリングの研究へと繋げて行きました。

                scポスター054

 学生たちは新入生へのオリエンテーションと学生生活の過ごし方を多くの学生に理解して貰いたいと、大教室を使い、パネルディスカッションを開催しました。
 それは当時話題になったのですね。その様子は蛍雪時代に掲載されました。

             旺文社パネル053

 その後このクラブの学生さん達は学生相談室の行事に参加をして下さり、随分助けて頂きました。
 詳しい内容は卒業生の渡部章さんが30年史に書いて下さいました。

 この研究会で活動した方に上越クリスタルの倉田善弘さんや時々お会いする生田保夫さんがおりました。
 お二人とは長く交流があり、当時の学生さんの姿を思い出し、その真面目さと誠実さに感心をしております。

entry_header

COMMENT

学ぶ場があるということ

相子様 おはようございます☂
相子様のブログのおかげで戦後の復興がとても興味深いです。そして、お話が大学だからかもしれないのですが、学べる場があることが平和につながっているような気がします。それと、もっと真剣に勉強しておけばよかったと、後悔もしています。残念な自分です。いつもありがとうございます。

平和でこそ

jyouganji さん お早うございます
戦後の日本は敗戦と言う厳しさを国民は強く感じていました。
国が貧乏になっていたのです。
復興の足跡は多くの文学や記録で見ることが出来ます。
色々と分かって下さり有難うございます。

大学生この時代はまだ詰襟の学生服ですね 私は学生服は中学が最後かな
高校は制服がなかったんですが、着るものが学生服っきりなかったからず-と着てましたよ ボタンと襟章は学校のマ-クが入ってましたね
大学の服装は何でも被っていればいいやって感じでファッションセンス0の格好ですよ
頭の毛は伸びたらゴムで止めてたな 若い時じゃなければできないファッションでした
お金はなかったですがでも楽しい時代でしたよ

思い出

蛍雪時代、なつかしいですね。旺文社で出版してました。学生時代、本郷に旺文社学生会館という宿舎があり、そこで応援団は納会を行ってました。その前は昔の女子部の校舎のとなりに駿河台ホテルがあってそこで1年生の時の納会が行われました。昭和51年のことです。また、応援団のОBで株式会社学生相談室という会社を設立して、学生の下宿のあっせんや勉強の指導をすることをビジネスにする人がいましたが、数年でやめました。佐藤秀一先輩の少し後輩の方で、今はすでにお亡くなりになりました。

青春謳歌ですね

EGUTI YOUSUKE さん  今日は
この頃は東京と地方では大きな違いがありました。学生は詰襟の学生服の人が殆どでした。
下宿する部屋も3畳から埋まって行きました。未だ日本は貧乏でした。
皆それでも楽しかったと思います。

思い出一杯ですね

寺門孝彦さん  今日は
旺文社の学生会館は恵まれている学生の住むところだったと思いますね。
学生相談室なんて言う会社があったなんて初耳です。
駿河台ホテルは確かOBの方が息子さんだたっと思います。
修学旅行の専門ホテルのようなホテルでしたね。
懐かしいです。

Please write a comment!


 管理者にだけ表示を許可する

entry_header

TRACKBACK URL

http://aikoqipao.blog47.fc2.com/tb.php/3059-01d794e3

side menu

side_header

プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日85歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになりそうです。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

MATERIAL

【背景、記事テーブル素材】
レースの壁紙
レースの壁紙 様

【素材の加工】
FC2blogの着せ替えブログ

Powered By FC2 blog