2017-05

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私的明大昔話 30

 1950年代と言えば遥か彼方ですね。日本はようやく経済事情も好転して来るようになりました。
 ですが、二部の学生の多くはアルバイトをして学費の足しにしておりました。
 学食のカツカレーなんていう物が出て来ましたね。贅沢なものでした。
 肉丼なんて何の肉なのか分からないような和風の丼物もありましたね。

 5月頃になりますと身体検査があります。一応決められた時間や学部の受診する日も決められております。
 女子学生は別でしたね。
 検査は駿河台では体育館 和泉や生田では大教室だったと思います。

 提携病院の医師が数人お見えになります。最後はその医師の前に学生は行き椅子に座ります。
 医師は聴診器を胸と背中に当てます。聴診器は身体に当てるような当てないよう滑るようにさ~と済ませます。
 手伝いに行った私は医師に「それで分かるのですか」と伺いましたら、「悪いと分かるんですよ。その時は良く当てますよ」と仰っていました。
 何しろ大勢ですからね。

 身体検査の時は上半身を出しますから、学生は下着を脱ぎますね。脱ぐ場所は決まっておりますから、そこに放り投げるように置いて行きます。
 身体検査が済めば下着を着る筈ですね。それが毎年沢山の下着が残っているんです。
 未だ物の大事な時代ですよ。全く不思議なんですね。
 それも汚れたものから、下ろしたての真新し物までなんですね。この状況はどう解釈すれば良いのでしょうかね。
 急ぐから?もう捨てたい時だったから?探すのが面倒だから?

 仕方なくこれを事務所に持ち帰り、保管して置きます。私の知る限り取りに来た学生を知りません。
 そのうちにその下着から匂いが出て来て、部屋に漂って来ます。
 仕方なく作業職の方に洗って貰い、ボイラー室でウエスとして使って頂くのが毎年のことでした。

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COMMENT

こんばんは~(*´▽`*)

昔のお医者さんはすごいな~って思います♪
今の様にレントゲンとか便利な機械がないですから、本当に腕が試されますよねー
歴史ドラマなんか見てると、病気を治すのも針とかで、今じゃ考えられないなーと!
でもまたこの先何百年経ったらもっと便利な物が出てくるんでしょうねー
そう考えると不思議です(*´ω`*)

下着をウエスとして使用するなんて(◎o◎)
エコですけどねー(^^;)

時代ですね

こぶた さん  お早うございます
先生は顔色や体の様子を見て、聴診器を確りと当てるのですよ。
私は鍼灸の治療を受けますが、良いものだと思っております。
幾ら良い機器が揃っていても経験がないと駄目ですね。医師には良い感性がないと駄目だと思っています。

ウエスは機械室で使って貰います。
メリヤスのウエスは昔は輸出していたのですよ。

医師は経験が全てですね、座学だけじゃ理解不能ですからどれだけ多くの症例を診てきたかが分かれ目ですね、昔は今みたいに細分化されてなかったからかな

アハハハ まるで私の旅行みたいなもんですよ、初めて海外に行った時に下着は使い捨てで袋に入れて捨ててくる帰国の時は一番上等な格好になる感じって教わりましたよ

そうです

EGUTI YOUSUKE さん 今日は
医師は経験と感性の良さですね。若くて優しいばかりの先生ではチョッと心配になるでしょうね。

昔そう言うこと良く聞きましたよ。古いものを持って行き、捨てて来ると言うのですね。でも旅先だからこそ綺麗な下着をつけていた方が良いと思いましたね。

医者は患者の顔色、表情などから感じられることが多多あるのでしょうね。
今は顔を見るよりデーターを重視しているようですが。

下着の忘れものは気がついても取に行きずらいでしょうね。

そうですね

ofuisan さん  今日は
医者に対する患者の声は顔を見ないでパソコンばかりを見ていると言うの良く聞きますね。
見る、聞く、触ると言うのもとても大事だと思うのですよね。

そうか取りに来ずらいね。

医師の感性

こんばんは。
身体検査と放置された下着のお話、どんなに物が必要な時代でも恥ずかしいと云う気持ちが勝るのでしょうか、興味深いですね。
もう一つの医者の感性のお話、自分に感性の無いのが問題であると自覚している若手の女性医師と旅先で一緒になったことがあります。「国境の無い医師団」所属の医者で西アフリカで活動中でしたが、診察する子供たちの話になると、自分は検査結果が無いと診断を下せないと話していました、残念そうに。
東京でお世話になっているアーユルヴェーダ(インド伝来)の医師は、西洋の医学も修めた医師ですが、脈診だけです。
検査の数字だけでは、分からないことも多い様です:不調を訴えていた数値的には健康体の若い人が、1ヶ月もしない内に死亡なんてこともありますし、なかなか難しいですね。

適性

yokoさん ようこそ
医師の感性は事態への素早い判断や、優先順位の設定など、恐らく生来の適正と訓練の賜物ではないかと思います。
私が長く診て頂いていた先生は手首の脈診が中心でした。
それと薬の処方ですね。今はずべてカプセルやタブレットですね。私は匙加減の出来ない医師が生まれて来るのではと思っています。

身体検査は毎年集計をして厚生省に提出していたのです。

カツカレーと医務室

相子さん、こんにちは。カツカレーは和泉でも駿河台でも学食で食べました。駿河台の学食にはフォークがなく、スプーンと割りばしで食べましたね。当時はスパゲッティも箸で食べてました。カツカレーといえば、落合恵子さんのエッセイの中で駿河台の学食のカツカレーのことが書いてありましたっけ。内容は忘れましたが。ところで、大学院のところに医務室がありました。3年生の時、就職活動のためにワッセルマン反応の検査を受けに行ったところ、先生がこういうのでした。昨日は野球部の連中が来た。今度は応援団か。君たちは普段何をやってるんだ。反応の結果、陰性でした。

懐かしいです

寺門孝彦 さん  今晩は
カツカレーは知ってはいたものの実は食べたことはないのです。今まで一回もないですね。でも学生には喜ばれそうなものですね。

大学院の一階の医務室には同和病院から先生が来ておりました。大学院のエレベーターは大学では初めてでした。自動でも出来ましたが、若い男性の職員が操作をしておりました。多分老先生方に親切にしたのでしょうね。今では考えられないですよ。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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