2017-11

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ニベの塩焼きと雑談

 珍しくニベが手に入りました。活きの良いものです。どうやって食べようかと思案しましたが、オーソドックスの塩焼きにしました。
 塩を強めに振り、1時間ほど置きました。

       ニベ塩焼き

 レモンが欲しかったのですが、下になかったので冷凍してありましたスダチを添えました。

 ニベと言いますと私にはイシモチとかグチと言う言葉の方が身近に感じます。

 昔々 40年程前 東海村の海岸にイシモチ釣りに出掛けました。それは夏の夜でしたね。
 その日は投げ釣りでした。棹を振り投げてはリールを回し、糸を手繰りよせます。
 投げても投げても、釣果は望めません。出かける前に夫に教えて貰い釣り棹を両手で頭の上に持ち上げ、棹を振る練習をしたのに。俄かは駄目ですね。
 時間が静かに過ぎて行きます。うす暗い海岸には数人の釣り人がおります。

 私は全く駄目だと悟り、棹を仕舞い砂浜に仰向けに寝そべり、じっと波の音に身を委ねておりました。砂浜は日中の太陽の光を受け暖かく、私の背中は浜風の中でも心地よく、時々居眠りも出ます。
 見上げる空に煌めく星は天空一杯に広がり、忘れがたい時間が数時間流れて行きました。
 若き日の思い出です。
 
 ニベはイシモチとかグチ、とも言われ、練り物の食材として使われております。
 タラ等も使われますが、イシモチは一段上の食材ですね。

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にべもない

お早うございます。
不愛想なことを「にべもない」といいますが、由来はこの魚からきているそうですよ。

そうです

京一郎さん  お早うございます
ハイ仰る通りです。

赤字のニベからご覧になって頂くと書かれております。

40年前の東海村

こんばんは。
40年前の東海村は、まだ大きな事件が起きる前ですね。
臨界事故は1999年、その前後にも放射能漏れで大騒ぎになったことがあったような記憶があります。
一度、事故前の東海村の浜を歩いたことがありますが、誰もおらず松だけが並ぶ鬱々とした記憶だけが残ってます。

相子さまが釣りをする姿、想像しました。
夜釣り、暖かい砂浜、、、
原発は要らないですね。
あの古くて危険な原発を再稼動させる動きが加速しています。

思い出しました

yokoさん ようこそ
ハイ あれから後、ウマズラハギの幼魚の焼いた味付き開きが流行りましてね。それが東海村原発の排水が関係しているのではと、話が聞こえて来ました。
それまでは全く知りませんでした。

今原発事情に徐々に変化が起きて来ていますね。とても気になっています。

私が行った時、東海村には村松青嵐荘と言う国立の結核療養所がありまして、友人が入所しており、どう言う場所かと見たかったですね。

ニベ

おはようございます。
ニベは広島でもごくたまに見かけるだけですが、昆布締めとか、蒸し物とか、色々手をかけて遊ぶ相手として、私も大好きです。

良いですよね

アナゴさん  お早うございます
ハイ 色々と使えますね。アナゴさんらしいですね。
中華でも良く使います。私も大好きな魚です。

砂浜に寝そべり、波の音を聞き、天空いっぱいの星を眺め、
まーなんと素敵な時間だったのでしょう。これこそ夢のような時間でしたね。

良いものです

ofuisan さん 今晩は
あの時の背中に感じた砂の温かみは覚えています。
晴れた夜だったのです。良い時間を送りました。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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