2017-08

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カルバッチョと昔話

 昨日は鰻を食べようと動き回ったのですが、食事が済み帰宅後長女とアリオ柏に買い物に行きました。
 何時ものように先ず魚屋を覗きに行きました。海が時化ているのか、夏休みに関係があるのか、理由は分かりませんが、余り珍しい物は並んでいません。
 良い鯵がありましたのでそれを二パックとヒラマサのさくが安く出ていたので、それを買って来ました。

      ヒラマサカルバッチョ  茗荷と青しそ薬味

 ヒラマサは398円(税無し)ですが薄く切りましたら可成りの量に見えます。
 カルバッチョにしました。右の紫蘇と茗荷の細切り薬味を下に敷きました。美味しかったのですが食べきれませんでした。
 最近は二人とも食欲はあってもお腹に入って呉れません。直ぐに満腹になって仕舞うのです。
 特に夫は「作って呉れるのに食べられなくて悪いね」と気を遣っています。
 二人とも定期健診での数値は許容範囲ですので、食生活には問題はないと思っています。

 昭和20年の7月18日には千葉県白浜町で米海軍による艦砲射撃を受けました。町の死者6名です。
 大本営は潜水艦によるものだと発表でした。ところが実際は巡洋艦4隻、駆逐艦9隻と言うことだったのですね。
 巡洋艦や駆逐艦がいると言うことは戦艦がいると言うことですよね。
 艦砲射撃の状況は言葉で表現できないような凄まじいものでした。
 そんな船団が本土近くにいるとは私たちは知りませんでしたし、国は知らせたくなっかったことだと思います。
 航空母艦も何隻も近づいていたのでしょう。
 3月11日の東京大空襲の後 毎日のように空襲があります。東京方面に向かうB29の他に艦載機が襲って来ます。
 女学校では時々空襲警報の中で避難したりしました。

 通学には防空頭巾を肩に背負い、非常食を入れた袋と救急用品を入れた袋を襷掛けにして、教科書の入った手提げをもち、緊張の毎日でした。
 非常食ですが、炒り豆、炒り米(これはご飯を洗い乾してそれを炒るのです)乾パンがあればそれもです。
 それに塩ですね。
 救急袋の中には三角巾、メンソレータム、赤チン、包帯、止血棒と止血石などですね。
 三角巾の使い方はきちんと練習をし、それは今でも覚えております。

 夜寝る時には防空頭巾を枕もとに置き、何時でも被って避難出来るようにしていました。
 それでももう7月には着たまま寝るようになったのです。モンペを穿き上着も着たままです。
 
 艦砲射撃のあった夜は砲撃が終わると直ぐに山の中に作った避難小屋に妹と非難しました。

 今毎日パジャマを変えて、清潔に過ごしていますね。こう言う生活はあの頃は全く考えもしなかったことです。

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COMMENT

こんばんは(#^.^#)

ヒラマサのカルパッチョ美味しそうですねー♪
薬味たっぷりで(*´ω`)
旦那様は薬味残したのですか?(* ´艸`)

アカチンって懐かしいですー(*´▽`*)
最近見ないですか、まだ売っているんですかねー?

艦砲射撃ですか 映画で見るくらいですが
潜水艦射撃じゃそんなにゃ打てないですね

今も昔も変わらないのは非常時に都合のいいように変えて発表する政権の考えですね、これは与野党全く変わっていないですよ
民進党の党首選にあの原発事故の時の嘘つき枝野が出るっていうし松下未熟塾の前原も出ると言うし日本の政治家は本当に言った事を都合よく忘れられるものですね
又国民も過去から学ぶと言う事がまるで分らんし現実にそのような方が選挙の度に当選するんですから選挙民も似たようなもんかな
相子さんみたいに過去の経験則から自分の取るべき道を見出だす人は少ないですよ





















さ~

こぶた さん お早うございます

赤チンは禁止されたと思いますが、実際はどうなのかは分かりません。

夫は上だけを食べました。薬味は私の独り占めです。美味しかった!

本当にそうですね

EGUTI YOUSUKE さん お早うございます

私は戦時中のことでは子どもながら多くのことを知り、経験しました。
それで何が本当かを良く考えます。

枝野さんの顔は見たくもありません。

ひどい目に遭いましたね

戦災は内地の方が酷かったようですね。青島でも空襲は何度かありましたが、撃墜した「敵機」を見物に行きました。のんびりしてたようです。食糧事情も、帰国して大変さが分かりました。

そうですよ

いさむちゃん 今日は

艦砲射撃も恐ろしい経験ですが、県道を一人で歩いていたところ急降下して来た艦載機に狙われ、側溝に逃げて伏せましたら、機関銃の玉が私の右横1メートルの程のところをダダダと落ちて来ました。艦載機は急上昇して飛んで行きました。

繰り返したくないですね。

こんばんは。
日ごとに、北朝鮮を巡って、危険な威嚇行為が繰り返されるようになりました。間違っても、武力行使には走って欲しくないですが、関係各国の顔ぶれを見ると、安心できない状況ですね。
先の大戦では、水戸も艦砲射撃を受けて焼け野原になり、残っていたのは、カトリックの教会だけだったと聞きました。
相子さまは、危機一髪のところで命を救われていますね。
無差別に一般市民を標的にした東京大空襲、核爆弾投下、、、中東で繰り返されていますが、良い加減、止めて欲しいです!

そう思います

yokoさん ようこそ

水戸は白浜の前日だったと思います。攻撃はずっと激しかったようですね。

あの頃学校に行くのはただ出席をとるだけのようなものでした。

私は良く沖縄の女学生のことを思うのです。

戦いに正義はないと思います。

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Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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