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2021-05

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私的明大昔話 32

 去る日 NHK歴史秘話ヒストリアと言う番組を見ていましたら宝永の火山についてのことでした。
 そこで気が付いたのですが、私が生田校舎の相談室にいた時のことです。
 学生相談室ではその存在を知って欲しいと、学生に情報提供もしますし、パンフレットを作って学内の所どころに置いたり、個人では扉が叩きにくい面もあるのではと、茶話会を時々開催したりと、工夫と試行錯誤を重ねておりました。
 相談員の佐藤純先生は工学部で地質学のような授業をなさっていたでしょうか。地震のことや火山のこと等良くお聞きしたものです。 
 サバイバルナイフを何時も持ち歩いておりました。どこかに噴火があると直ぐにお出かけになられていました。
 その佐藤先生の提案で相談室行事の一つ バスハイクですが、行き先は宝永の火口までに決まりました。
 学生には「宝永火山活動跡見学」とポスターを掲示。
 実施は1989年10月2日 バス一台に教職員を含めて34名 
 生田校舎から御殿場に向かい、登山となりました。
 行きは良い良いと歌の文句のような感じで火口まで辿り着きました。
 そこで各自昼食となりました。
 ふと目をやりますと、学生達は火口の縁に腰かけて食べています。
 私は高所恐怖症ではありませんが、とても怖くてそのような所に座って食べるなんて出来ません。
 火口を覗いただけでも身が竦み、火口から出来るだけ離れ食事をしました。
 食事後当然ですが下山となりました。今度は御殿場方向に目をやりますと、目の下から先は急こう配の瓦礫のような感じに見えます。
 足をどう踏み出すか心臓がどきどきします。学生はさっさと下って行きます。私はやっとバスに辿り着きました。
 この時のことを思い出しますと、これは相談室の記録と言うよりは私の記録になって仕舞います。
 
 山から下り帰路に付きました。バスは途中で遥か昔、姶良山噴火の時に飛んで来たと言う、地層を見学のために停車。
 佐藤先生から解説をお聞きしました。
 行事の企画や、準備など忙しい面もありますが、私は何時も学生と一緒に勉強させて頂いたものです。

     main1195.jpg

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COMMENT

私は若い時は高い所もどうってことなく過ごしてきたんですがこの頃は高い所から下を見ると非常に怖さを
感じますよ
若い時に怖い・怖いって言いながら東京タワ-から下を見て騒いでいた年寄り夫人のグル-プがいましたが
私もその年代になって来たのかなって思いますよ

今でしょ

EGUTI YOUSYKE さん お早うございます
今はそうなんでしょう。若い時は平気だったでしょう。
私は若い時から山や鉄橋は怖かったです。
学生と小海線で鉄橋を歩いた時は、途中から這って仕舞いましたよ。

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そうですね

鍵コメさん  こんにちは
ハイ 私も同感です。

生涯の、いつの時代でも特殊な体験をなさっていますね。
普通の女性の何倍も、という感じです。
これらの経験が持永さんを魅力的にしているのでしょうね。

有難うござます

ofujisan さん  今晩は
お褒め頂き恐縮です。
波乱万丈ではありませんが、かなり色々な経験をしていますね。
でも普通の人間ですよ。

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プロフィール

相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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