2018-04

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懐かしい学校 その3

 日本の半農半漁の田舎の学校から転入した中国青島の学校に私は驚きましたが、直に皆さんの中に溶け込むことが出来ました。 
 青島は中国の中でも海あり山ありの風光明媚な都会でした。
 子どもたちも大らかだったのでしょう。私は活発に学校生活を過ごしていました。
 第一日本尋常小学校の規模は、「その2」に参考に入れました青島満帆さんのブログにもありましたが、彼は自慢は校庭だと言っております。

         一小校庭905

 これは昭和16年の3月のことだと思います。第一から4月に開校する第三に移って行く生徒ととの最後の集合写真ですね。
 生徒は1000人を超えていたのです。
 ですが校庭は未だ余裕がありますね。この写真を拡大したものは現青島日本人学校の校長室にも掛けられております。

         一小全校生徒906

 この写真は昭和13年のものです。校庭の上に作られていたスタンドに並んだ生徒と兵隊です。
 凄い人数ですね。運動会の時にはこのスタンドに家族が座り子どもに応援をします。写真は+-で大きくしてご覧になって下さい。

 第一から第三に移る生徒とのお別れが近くなった春 第一公園(現中山公園)にお別れ遠足と言う遠足に行きました。

         一小2年遠足085

 先生は古賀先生です。私は前から三列目の右から四番目に並んでおります。
 いさむちゃんも桜島さんも最後列に並んでおります。
 懐かしい写真です。引き揚げで子どもの時の写真は本当に少ないので、こうして自分を見るとなお思い出が募って来ます。

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COMMENT

古賀先生…。

やさしい先生、古賀先生。持永さんは指揮者を務めるなど早くから認められていましたね。西村さんは第3小学校へ。あれから78年位経つのかな~。懐かしい写真ありがとうございました。

思い出

いさむちゃん 今晩は
古賀先生は優しかったですね。
私は皆さんに受け入れてもらって良かったです。

想像を超えた人数ですね。皆さんキチンとした身なりで、豊かだったのですね。楽しく、幸せでしたでしょうに、その後の苦労など想像だにしなかったでしょうね。

ハイ そうですね

ofujisan さん 今晩は
凄いでしょ。素晴らしい学校でした。

天国と地獄とは言いませんが、帰国から戦後 それは苦労の連続でした。

写真

良い写真を3枚見せていただきました。それにしても、大きな学校ですね。セピア色の写真に見入ってしまいました。こうやって、ウエブ上に写真を残すのは正解だと思いますよ。紙の写真は捨て去られますものね。

懐かしい青島の学校 3を見て

懐かしい写真ですね。私の提供した遠足の写真がありましたが、戦後の帰国の時母がアルバムのすべての写真を剥いで荷物の中に入れ持ち帰ってくれたおかげです。今でも感謝しております。時々見ては青島での楽しかったこと等々思い出して懐かしんでおります。
この度の遠足の時の写真の中に天野絹代さんは入学した時から三小で卒業するまで同じクラスでしたよ。
涙の出るような思いで写真ですよ。ブログに載せてくれてありがとうございました。涙もろい年にななりました。

そう思いますね

kincyan さん お早うございます
写真はウエブ上では褪せませんから良いですね。
この学校は2000人までと言う設定されていたようです。
当時日本からお見えになった皇族の方が日本でもないと評価して下さったそうです。

感謝!

桜島さん お早うございます
とても懐かしく涙が出ます。
絹代ちゃんのあのちょっと鼻にかかった声まで思い出しております。
亡くなる数年前偶然市川の駅前でお会いしました。
可愛い廣瀬さんも座っております。

これは海外とは言え凄いマンモス校でしたね
戦前はこそって海外植民地求めていた時代ですが
日本の政策も欧米列強に沿ってのことでしたが日本の統治の方がまだ良かったと今でも思いますが敗戦になると途端に日本帝国の植民地政策云々言われますね
中国の覇権主義を今見てますとなんとなく欧米の植民地政策とダブって見えてしまうんですよね 所謂搾取っぽい政策って言いますかね

大きな学校です

EGUTI YOUSUKE さん お早うございます
ハイ マンモス校ですね。青島の学校は随分古くからあったのです。
在留邦人も増えて来ましたから、子どもも増えて来たのです。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
5月1日86歳となりました。何かと物忘れが多く、足腰も弱くなって、杖が手放せません。今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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