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2019-12

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北帰行回想

 先に富山に住む瀬戸寛さんのブログに「北帰行」という言葉が出てきました。富山に飛来していた白鳥に北へ向かう気配を感じ、飛び立つ瞬間を捉え写したいと構えていられるようです。

                  北帰行

                  (後方に立山連峰が見えます)
 「北帰行」という言葉と歌を耳にしたのは遥か昔のことです。小林旭主演の映画の主題歌に取り上げられたのは1961年。ヒットしました。(この映画は私は観ておりません)
 当時学生の相談相手の日々を過ごしていた私は、その歌詞に惹かれました。若者の失意と取りまとめられない青春彷徨。この歌の作詞・作曲をされたのは宇田博さんという方。学業に馴染めず、またご自分の生き方は当時の学校も世間も許さなかったのでしょう。
 宇田博さんがこの「北帰行」を惜別の詩として、在学した旧制の旅順高等学校を後にしたのは1941年(昭和16年)。高校から放校されたのだそうです。
 歌がヒットした頃、小林旭の歌う姿がTVでもしばしば見られました。
 明治大学の教職員の間で、宇田博さんの父君は農学部教授の宇田一先生だと伝わって来ました。「北帰行」で検索しますと博さんについては、かなりな資産家の家の出だろうとか名家の子息だろうとか、書かれており、父親が教育者との記述は見当りません。
 私の記憶に違いがあるのだろうかと調べて見ました。
 博さんは宇田一先生のご子息に間違いないことが分りました。
 宇田先生は1922年に三重県農林学校の教授になられ、その年には博さんが誕生。そして欧米留学。東京帝国大学から博士の学位を受けております。
 その後1933年(昭和8年)に満州国立大学奉天農業大学学長に就任しました。
 この「北帰行」は1941年に友人らに書いたということですが、北に向かったのは父親の住む満州の奉天(今の瀋陽)を目指したのではないかと私は思っております。
 歌の中で祖国というのは、当時遼東半島は日本の統治下にあり、その先端の旅順は日本という意識が強かったからではないかと思ってみたりしております。
 仕様も無い自分をどうあれ迎え入れてくれるのは家族という当てが在ったからだと私は解釈をしております。
 博さんはその後一高から東大をでてTBSの常務・監査役を歴任し1995年に亡くなられております。
 宇田先生は帰国後1950年から明治大学農学部教授となり、農学部長などの要職もなさり、1961年に定年退職。担当講座は遺伝学・統計学・養蚕学等でした。
 先生は日本中央競馬会顧問など歴任。1978年逝去さました。
 博さん、宇田先生共に亡き今でも「北帰行」という言葉が解釈のしようでいろいろと使われ、また歌も歌われ続けていることは一人の青年が残した大きな知的財産だと思っております。無頼・放蕩・怠惰も最後は乗り越え、立派な社会人となった例として、心を打ちます。
 たまにカラオケなどでこの「北帰行」を聞きますと、私は青年が抱く心情に切ない思いを重ね、相談に明け暮れた時を思い、多くの若者の姿にオーバーラップさせております。



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 明治大学の人物一覧 「小林 旭」

 Wikipedia 「明治大学の人物一覧」。この中の 「芸術・文化」欄 「俳優」の項を検索しますと、「小林 旭、明治大学中退・・・・」の略歴があり、その中にご紹介の「北帰行」のことが出ています。この歌の作者の父上が明治大学教授であったということを拝見し、あらためて明治大学の人間関係の面白さを感じさせられました。それにしましても、この「人物一覧」を見ますと、明治大学という大学は、なんと多彩な人々の集まりかと驚くとともに、感心させられてしまいます。

生田さま  小林旭氏が明大中退とは知りませんでした。多彩な方に恵まれていますと、出会いが多くなりますね。嬉しいことです。

小林旭の歌う「北帰行」の原歌は、宇田博さん作詞・作曲の旅順高等学校の寮歌だそうですね。宇田さんを「性行不良」として退学処分にした教官は、どんな思いでこの歌を聞いたのでしょう。

橋本さま   思いは複雑でしょうね。若者に接することの難しさを噛み締めていたかも知れませんね。

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相子

Author:相子
「相子の四方山話」へようこそ。
相子こと持永あい子は見たがり、聞きたがり、知りたがり。
2018年5月1日87歳となりました。物忘れ言い間違いは益々多くなり、足腰も弱くなって、杖が手放せません。気も短くなり今や老化を辿るブログになってきております。
長女夫婦とその娘(上の孫)二女夫婦とその娘(下の孫)が近所にいます。

趣味 旗袍(チャイナドレス) 

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